「なは」は昭和43年10月に昼行特急として誕生 当時沖縄は日本返還前で、沖縄の本土復帰を願って、「なは」と命名されたといわれています。 その後昼行特急廃止時には「あかつき」1往復を「なは」に改称(583系電車・新大阪-西鹿児島)、 583系「なは」廃止時には「明星」を「なは」に改称するなど、とても大事にされている列車愛称であり、 関西発着の鹿児島本線系統の寝台特急の愛称としては最も後発であるのに、最後まで生き残った 愛称となりました。 晩年は「あかつき」と併結となり、関西-九州間最後の寝台特急として孤軍奮闘していましたが、 平成20年春のダイヤ改正において運転終了となってしまいました。 |
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